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FAQ? 交換日記4-谷川果菜絵






イトー・ターリさんが亡くなった。







2021年9月23日。

石巻。ステイ先のリビングにて、 13時きっかり、史菜さんからの訃報を読む。目の焦点が合わなくなって喪失感と涙が静かに押し寄せてくる。Twitterで検索をかけて、いくつかの訃報を確かめる。 15時すぎたあたり、最寄りのコンビニへ行く。ミモザの香りのついた無添加の清涼飲料水があった。グラスをふたつ用意して氷を入れ、薄い橙色のドリンクを注ぐ。ひとつは自分の前に、ひとつは少し遠くに置いた。 目をつぶって、手を合わせる。






 

2021年3月。ちょうど1年前の国際女性月間に、下北沢B&BでNEW ERA LADIES主催「プンクトゥム:乱反射のフェミニズム」が開催された。会場へは2回足を運び、全てのオンライントークを拝聴した。展示とトーク、選書やZINE販売を通じてフェミニズムやクィアをインターセクショナルに考える試みは、どれも切実でたいへん面白かった。全身に血が通うようなイベントだった。 1日目、会場1Fでsuper-KIKIさん、李昌玉さんや近藤銀河さんらの展示を観る。展示空間の中央にはNEW ERA LADIESの新作など心躍る品々が陳列されていた。たとえば、嶋田美子&BuBu「メイド・イン・オキュパイド・ジャパン」展のポストカード!あるいは嶋田美子さんの「慰安婦」に関する「COMFORT」と描かれた赤いZINEは、残り1冊という貴重さで、背伸びして手に入れたいと思ったものの然るべき人に買われてほしい...と手が出せなかった。2Fには選書とフェアの書棚があり、フェミニズムおよびクィア関連本が所狭しと並んでいる。書棚の端に『日本Lばなし』という『日本昔ばなし』の龍の背に乗った小太郎がレインボーフラッグを掲げている表紙のZINEを見つけた。その表紙のパロディの面白さに、思わずジャケ買いして封を開けると、イトー・ターリさんの運営していたコミュニティスペース「パフスペース」のZINEと分かり、嬉しかった。 別の日、師匠が選書の中から『キャリバンと魔女』を買ってくれるという。レジに並んでいると、山吹色と橙色の間くらいの小さな花をつけた植物が飾ってあるのが見えた。じっと見つめていると、彼人が「これはミモザで、国際女性デーを祝う花だよ」と言った。


 


イトー・ターリさんはパフォーマンスアーティストだ。 ヨーロッパでのパントマイムの留学・興行を経て、パフォーマンスアートの流行に呼応するように世界各地でパフォーマンスを基軸に作品を発表。1996年《自画像》でレズビアンをカミングアウトして以降、ジェンダー、「慰安婦」、原発など社会において不可視化されている存在に焦点を当てたパフォーマンスを多数制作する。ラテックスをはじめ、たまねぎや紙など「表皮」的な素材に、プロジェクションや身体が融合するスタイルが印象的だ。またアートにとどまらないオルタナティブスペース「パフスペース」を運営、アクティビストとしても盛んに活動していた。後年ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、昨年70歳で亡くなられた。 私は『撹乱分子@境界 アートアクティヴィズム2』でターリさんのことを知り、その先駆性とインタビューから垣間見える人柄、素材の使い方の面白さに夢中になった。世界中のアーティストが紹介されている中、日本出身のアーティストで、得た知識を拡充することが比較的容易にできたのも作品に惚れ込むきっかけになったかもしれない。


 

ターリさんとは、一度だけ、電話で話をしたことがある。 2011年、その半生が記された『ムーヴ あるパフォーマンスアーティストの場合』が発売された頃、インターネットで検索をかけると、赤い帯で彩られた個人サイトがあった。記憶が朧げだが、そこに番号があり電話をかけたのか、アドレスがありメールを送って折り返しの電話をくれたのか。本人が電話口に出て心臓が飛び出そうになったのを覚えている。 「いま、芸大の学生なのですが、作品を観たいんです」 「いえ、作品を購入したいです」 「ほとんどジェンダーに関する授業がなくて、いつか大学でターリさんの映像の上映会ができたらいいなと思っていて...」 大学の中央棟の薄暗くひんやりとしたロビーをうろつき、見えない電話先に頭を下げながら、電波越しに情熱を送り込んだ。不覚にも会話の内容はほとんど忘れているが、拙い私の話に、ハリのある声でやさしく力強く共感してくれた感覚が残っている。 これが私とターリさんの唯一の交流となった。今なら、心を寄せるアーティストと関わりを持ちたいと思えばいくらか方法はあったとわかる。当時は会いに行こうなんて、会いに行っていいなんて、想像も及ばなかった。アーティストは雲の上の存在で、自分と同じ人間だと思っていなかったかもしれない。あるいは、研究対象の作家が存命であることが稀な美術研究環境の常識を内面化して、現在のアーティストの姿を見ず、過去作品を観ることしか頭になかったような気もする。

 

現在、ターリさんに関するコレクションが3つ手元にある。ふたつは手書きでタイトルとサインの書かれたパフォーマンス映像の収録されたDVD。あとから調査して分かったことだが、ここに収録された《自画像》は、《自画像》自体、各地で26回公演をしていることもあり、オンラインで見られる内容とは公演場所が異なっている。また問いかけに対する答えの順序や「レズビアン」というアンサーに到達するまでの自問自答の回数やスピードも、他のアーカイブに見られたそれとは異なる。

作品アーカイブのうちの1枚。知る限り、今のアーティストやギャラリーは作品販売のためのハードケースデザインやちょっと気の利いた包装づくりに余念がない。が、この映像アーカイブの素のDVD具合を見るたび趣深いというか、これがいい!と思わされる。

もうひとつはパッケージに入った『Dear Tari』のDVDだ。『Dear Tari』は山上千恵子さんが監督し2003年に日本で公開された42分のドキュメンタリー映画で、《私を生きること》(1998年初演)《自画像》(1996年初演)の映像記録を中心に、イトー・ターリ本人インタビュー、稽古・制作風景のほか、職場、家族やコミュニティの人々との対話で構成されており、ターリさんの人生の記録としてはもちろん、アーティストという生き方を多面的に見ることができる貴重な作品だ。また、セクシュアルマイノリティにフォーカスしてドキュメンタリーを作っていく中で監督自身から発せられる、「ヘテロ」とは何か、差別や偏見は「ヘテロ」側の問題ではないかという気づきのナレーションは、映画のフレームを飛び出て鑑賞者の現実世界にも鋭い気づきをもたらしてくれる。 先日、FAQ?がプログラム企画で参加した熟睡上映会で『Dear Tari』を上映しようということになり(つぎは上映会の話も!)、山上さんへコンタクトを取った。購入履歴の調査と今後の上映の許可をお願いすると、快い返事と励ましの言葉をいただいた。どうやら山上さんとは「はじめまして」だったようで、『Dear Tari』のDVDはターリさんから購入していたことを確かめられた。10年の時を経て、私は念願だったターリさんに関する作品の上映を実行に移す準備をととのえ、ささやかな『Dear Tari』大使として出発することとなった。

 

ターリさんの活動のアーカイブについては、近年、関係者らの手によって丁寧に行われている。昨年夏、美術手帖で初となった「女性の美術史」特集に掲載、前年にはIPAMIAにてまとまったアーカイブが公開され、ようやく現在のアートシーンにターリさんの活動が可視化されたように見受けられる。アーカイブに手が届きやすくなったと同時に、全世界的にフェミニズムやクィアを基軸としたインターセクショナルな取り組みが公に評価されることが増え、アジアのアーティストが注目される機会も増えた。これからさらに回顧展やパフォーマンスのリプレイが増えていく機運を感じていた。 エイズ蔓延下でホモフォビアが前傾化する時代にレズビアンを公言し、「慰安婦」や沖縄、震災など時代に沿った社会問題を取り上げてきたターリさんはきっと、ALS闘病、そして新型コロナウイルスという新しい病の広まりから新しいパフォーマンスを編み出したに違いない。昨年4月には工房チカでパフォーマンスが行われると聞いて待ち遠しく思っていた。結局、そのパフォーマンスはクローズドなものとなり直接みることは叶わなかったが、ALSと付き合う中で考えたことなどをテキスト化したものなどが登場したようだ。 ゲリラガールズ“THE ADVANTAGES OF BEING A WOMAN ARTIST:”(女性芸術家として有利な点*)の皮肉めいた13ヵ条に“Knowing your career might pick up after you’re eighty”(八十才後に専門家として認められるかもしれないことを、期待できる*)とある。ターリさんは、80歳をむかえる前にこの世を去ってしまった。10月のStillliveでは、閉幕前、イトー・ターリ追悼上映と称し、IPAMIAの提供する《自画像》の映像アーカイブが10分ほどプロジェクションされた。友人の西村さんは鑑賞者を前に、本人も死んでしまったことに気づいていないのではというほど、これからやるべきことをやろうとする気概を示したまま亡くなってしまった、というような趣旨の談話を披露してくださった。 忘れないこと以外に何ができるだろう?人間同士のネットワークがなければ?作品は?アーティストの死後、作品が延命し続けるために必要なものは何だろうか。無形のパフォーマンスにとって映像でのアーカイブは間違いなくその一つだ。ターリさんは《自画像》を発表する2年前に、ダムタイプの《S/N》(1994年初演)を観てエンパワメントされたと度々発言している。生で観るパフォーマンスのインパクトは計り知れない。他方、私は2017年にICUで初めて観た《S/N》の映像で、アイラインが黒く流れ落ちるくらい涙し、心動かされた。映像アーカイブでも尚、パフォーマンスがその力を宿していることもまた事実だと自信をもっていえる。 ああ!《S/N》から《自画像》へと、クィアで交差性を有し、かつメディアアートとクロッシングしたパフォーマンスの系譜があるのだと思うと感じ入りすぎて頭がはちきれそうだ。生涯この2つの作品はずっと傑作だろう。あの入り乱れた感動を紡いでいかなければならない。 ターリさんの作品をもっと、この先も多くの人にみてもらうことができるように。ごく一部でも、ターリさんが生涯希求したものを受け継いで行くことができるように。私もまた、実践していこうと思う。 イトー・ターリさん、心の底から尊敬しています。 どうか安らかに。 *訳出:GUERRILLA GIRLS "THE ART OF BEHAVING BADLY" 2020 p.21 P.S

前回の『繁殖する庭』についての日記を読んで思い出したこと。

ターリさんがLGBTERというメディアで、

「同性婚というけれど、そもそも結婚制度っていったい何なのかと。カップル単位が基準のあり方だと、普通と思われているでしょ。でも、2人になる人もいるし、1人で生きていく人だっているし、もしかしたら3人で暮らす人たちだっていたりするかもしれない。そういうのが許されて同じように保障される、より自由な社会になればいいなと思っています」

と語っていた。イトー・ターリと小宮りさ麻吏奈、あるいは繁殖する庭プロジェクトの間には近しい考え方が根底にあると思う。その辺もまた解きほぐしていけたらいいな。